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海洋冒険小説の家

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(7)助左衛門、信長と議論する

    (7)

 六月一日、辰の上刻(午前七時)に城から迎えの者が来た。また、あの長い石段を登るのかと思うとうんざりしたが、仕方がない。
 六兵衛と二人、最初に来たときに通された広間に通された。間もなく、信長の殿が小姓と二人だけで入ってきた。
 「昨日はごくろうであった。見事な采配であった。公秀殿は京へ戻られたのか」
 「あのまま、空飛ぶ船で戻られたことと思います」
 「あのようなものは始めて見たが、簡単に作れるものなのか」
 「さあ、作るのに工夫がいるようで何年もかかったようですので、おそらくは、あれで終わりでしょう」
 「京にあのような公家の者がおるとは知らなんだ。公家とは奥の深いものじゃのう」
 言いつつ、助左衛門を見た。その眼は、人間らしさの微塵も感じられないほど冷たく、視線は助左衛門の心を刺した。信長は本来の姿、生殺与奪の権力者に戻っていた。

 「助左衛門、この安土での宗論のことは聞き及んでおろう。かの徒ら者(注1)の法華の坊主どもが負けたのじゃが、日頃の他宗への謗(そし)りなど目に余るものがあり、仕置きを考えておる。助左衛門はどう思う」
 助左衛門は少し考えた。間があいた。そしてゆっくり話し始めた。
 「法華の者たちを如何ようにも、なされる力は上様はおありでございます。しかし、越前の朝倉に味方した比叡山の坊様方と異なり、法華の坊様には仕置きの大義名分はありますまい。彼の者たちは、己の身を守るため、弓矢、鉄砲を備えております。が、それはあくまで、盗賊どもから身を守るためであって、上様に刃向かう為ではありませぬ」
 「それは、分かっておる。だが、将来の禍根になるものは今のうちに、芽のうちに摘み取らねばならぬ。本願寺などは未だわしに刃向こうておるではないか」
 「法華の衆と本願寺の衆とは一緒には出来ませぬ。法華の衆は、本山がいくつも分かれておりまするし、ばらばらでござります。が、本願寺の衆は一味同心の上に、加賀、三河、美濃、尾張、近江、紀伊、摂津、山城、大和、伊勢、西国では播磨、備後、安芸、讃岐、豊後などにおいて大きな力を持っております。また、瀬戸内の海賊衆にも本願寺の衆徒が数多くおります。石山御堂は守護大名の城と同じですし、出城もあちこちに構えております。このように大きな力を持つ本願寺と法華の衆が同じだとは言えますまい」
 「それではどうすると言うのじゃ」
 まだ、あの冷たい眼のままで聞いた。

 「六十余州の本願寺の衆徒全てを成敗することは出来ぬ事でございます。いずれ禁中より和議の勅が出され、どのような形になるかは存じませぬが、和議を結ぶことに相なりましょう。法華の衆などほっておかれては如何。坂東の地では千葉氏を始め、各地の武将の間で一族の一味同心に法華宗が利用されており、法華宗は大きな力を持っていると聞き及びます。今は新たな難題は作らぬほうが得策かと思われますが。それと・・」
 と息をついだ。
 「それと?」
 「後世の史家のことでござります」
 「後世の史家がどうするというのじゃ?」
 「唐国においては、名君と称えられる王や皇帝(みかど)は、後世の史家にどう書かれるかをよくわきまえて政治を行っております。史家に書かれたことは末代まで残ります。琵琶法師の謡う平家物語ですら、四百年の昔に起こった出来事を今でも生き生きと伝えているではありませんか。例えば、那須の与一の扇を射抜いた物語には、今でも人々は心ときめかしております。それ、知っておられましょう。
 ~与一鏑(注2)をとってつがひ、よっぴいてひょうと放つ。浦ひびく程長鳴りして、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりおいて、ひぃふつとぞ射きったりける~
 そして、この美しい景色は次のように続きます。
 ~夕日のかがやいたるに、みな紅の扇の日いだしたるが、白浪のうえにただよひ、うきぬ沈みぬゆられければ、奥(おき)の平家ふなばたをたたいて感じたり。陸(くが)には源氏箙(注3)をたたいてどよめきけり~

 哀しくも美しいこの物語は何度聞いても心に響くのです。人々はこの美しい語りを覚えていて、夕日を見ると、そのひとふしを思い出します。また、富士河の、明日は矢合わせという源平の合戦のその夜、水鳥の羽音に驚いて、とる物とりあへず、落ちていった平家に対して詠んだ歌などの一つに
 ~富士河の瀬々の岩こす水よりもはやくもおつる伊勢平氏かな~
 とあり、平氏のあわてぶりは、いまだにからかわれております。
 上様のこれからの政治は、良きことであれ、悪しきことであれ、やがて人の口の端にのぼり、色々な人によって日記等に書かれ、恐らくは平家物語のように残っていくことでしょう。後に書かれる史家の書とともにです。助左衛門、以上信ずるところを述べました。末代のことをも考えていただきたく存じます」
 「うーむ、よくぞ申した。那須の与一か、後世の史家のう」
 ここで、接見は終わり、信長殿はぶつぶつ呟きながら、広間を出て行った。
                    (続く)
[注1=いたずらもの=ろくでなし、悪賢い者、従順でない者。注2=かぶら=かぶら矢のこと。注3=えびら、矢筒のこと]




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